幼児期の「考える」という習慣

今度のママとモンテ♫は、これをテーマにあげたいと思います!

先日Voicyにて、高濱正伸先生の話を聞きました。
高濱先生といえば、子育て世代の強い味方!!
子どもが小学生くらいになるまでにはどの親でも出会うであろう高濱先生の本。
私も、先生の話を聞いて即Amazonポチッ。(笑)

子育て、子どもの学習だけでなく、夫婦関係に至るまで、様々な角度で切り込んでくれます。

「この国(日本)は『働けない大人』を量産している。」という衝撃な一言から始まった今回のお話。
うんうんうん!!と初っ端からうなづきまくる私。

お話の中で、もっとも印象に残った先生の言葉の一つ。

「幼児期に『やるべきことが足りなかった』子どもは、後々手術的にやってもらわなければならなくなる。」

後々、価値観の決定や人生を歩んでいくのに、
様々な体験、自分の意思を使う経験、工夫や試行錯誤の上に生まれる自己肯定感という、礎。
その礎がなければ、思春期あたりに手術的な自己肯定感の再構築が必要になるとのこと。

うんうん、自分の経験と照らし合わせても、その通りだと納得。

今日本の公教育カリキュラムは、子どもの「考える力」をどう捉えているのでしょう。
決められた学習内容を、決められた時間に、決められた量だけ、無難にこなすのが優等生。
教員がすでに「考えていない」現実も見受けられます。
校則やら、ルールやら、前例がないやら、
仕事量の多さに、とにかく無難にオペレーションすることだけに注力しなければならない。
考えることを放棄したほうが楽に決まっています。当然、飛び抜けた子どもには対応できない。


とはいえ、この「考える力」
突然獲得するものではないし、発揮できるものでもない。

モンテッソーリ小学校課程のキーワードに
“Help me to THINK by myself”
(自分で『考える』のを手伝って)
というのがあります。

私たちはマリアモンテッソーリが残したこれらの言葉に従い、発達段階に応じて適切に援助していきます。

先日、オーストラリアのモンテッソーリ小学校に行ったときのこと。
まず、教室内で先生がどこにいるのか、誰なのかわかりません。教師は徹底して気配をなくし、必要なところにだけ援助をしたり、話をしたりしています。
文学をしている子もいれば、割り算をしている子、大きな辞典で調べものをしてるチーム、など様々な活動を、自分の知的好奇心に応えるかのごとく、自由に自分で考え学んでいました。

だけど、考える力がこのように小学生で爆発するためには、前段階の経験と、積み重ねが必要なのです。

モンテッソーリは、3-6歳の援助方法のキーワードに、
“Help me to DO by myself”
(自分でてきるように、手伝って)
と言いました。

さらに、その前段階の0-3の子ども達へは、
“Help me to BE myself”
(私自身になるのを手伝って)
とキーワードを残しました。

生まれてから生後数年のうちに、
人間としての「自己」を確立し、
自分の身の回りのことと、行動に責任をもつ。
それが6歳までに、可能になるのです。必ず。

自分で考えて行動するって、結構苦しい。
大人だって、グループの中で誰かが決めてくれたら楽、ってのはいつでも経験すること。

でも、一旦考え慣れた子たちは、成長がめまぐるしい。目には見えにくい成長だから、もしかしたら親はキャッチしにくいかもしれません。でも目に見えない力が確実についていて、精神面で大きく成長しています。

一切教育がメジャーになっている今の日本の保育教育現場。(英語では “Main stream”「メインストリーム」)
与えられた時間割の中で、
与えられた課題を
大人の言う通りにやって、
大人が正しいと思う評価に踊らされる。

そういう幼児期の過ごし方は、
「考えない子ども」への王道一直線。

だけど、残念ながら今の日本の教育のほとんどが、
親の受けてきた教育のほとんどが、
それ以外の保育教育のスキルと経験がありません。

この指示待ち指導法の先に何があるのか、私達保護者は、大人は、よく考えなければなりません。

(あれ?ママとモンテ♫で話す内容ほとんど書いちゃった!ママとモンテでは、もっと掘り下げましょう!!)